もう少し将来に目を向けませんか?(投資家心理と投資行動⑩)

投資の経験が多くなってくると、多くの個人投資家は「合理的な判断」だけでなく、自分でも気づかないうちに「心のクセ」に左右されていることに気づくはずです。
人間は誰しも感情を持ち、いろいろな心理的なバイアスに影響を受けやすいためです。
どれだけ冷静に判断したつもりでも、心理的な偏りが投資行動に現れることは珍しくありません。
こうした心理のクセを理解し、自覚しておくことは、投資での大きな失敗を防ぐうえで非常に重要です。
このコラムでは、「現在」、「過去」を重視する代表的な心理的バイアスに注目し、それぞれが投資行動にどのような影響を与えるのか、そしてどう対応していくべきかを考えていきます。
目次
1 現在を正当化して考えてしまう心理的バイアス
人は、どうしても目の前の状況、つまり「今」を中心に考えてしまいます。そのため、なかなか将来のことに目をやることが難しくなっています。
(1)現在バイアス ― 「今」に引っ張られる心理
人は目の前の利益を強く意識し、将来の利益を過小評価してしまう傾向があります。
これが「現在バイアス」です。
投資の世界では、この現在バイアスが「短期的な利益に飛びつく行動」や「長期投資の途中での売却」に直結します。
たとえば、長期的に成長が見込める株式や投資信託を保有していても、数か月の値動きで利益が出た瞬間に「今のうちに売って利益を確定させたい」という衝動に駆られることがあります。
逆に、将来に備えて積立投資を始めるべきと頭では理解していても、「今すぐお金を自由に使いたい」という気持ちが勝ち、なかなか実行に移せないこともあります。
(2)現状維持バイアス ― 「変化を避けたい」安心志向
人間は本能的に変化を嫌い、「今のままでいたい」と思う傾向があります。
これが「現状維持バイアス」です。このバイアスによって本来やるべきことを怠るなどの状況が見られます。
たとえば、株式と債券の割合を半々にしていたはずが、株価上昇で株式比率が高まっても、「今のままでも悪くないし、動かすのが面倒」と放置してしまうケースです。
その結果、気づかないうちにポートフォリオのリスクが高まり、下落局面で大きな損失を被る可能性があります。
また、現状維持バイアスは「損切りの遅れ」にもつながります。
損失を出している銘柄を売却すればリスクを減らせるのに、「このまま持ち続ければ戻るかもしれない」という心理から行動を先延ばししてしまうのです。
(3)保守性バイアス ― 「新しい情報を軽視する」心理
人間は自分の既存の考えに固執し、新しい情報を過小評価する傾向があります。
これが「保守性バイアス」です。
投資の場面では、すでに持っている株式に対する期待を修正できず、その株式の悪い情報を軽視してしまうケースが典型です。
たとえば、ある企業の株を「成長株」として保有していても、その後に業績の下方修正が発表されたとき、「きっと一時的なものだ」と自分に都合のいい解釈をしてしまいがちになります。
(4)過去依存効果 ― 「昔の経験に縛られる」心理
人は過去の成功や失敗に影響されすぎる傾向があります。
これが「過去依存効果」です。
たとえば、過去にある銘柄で大きな利益を得た経験があると、「また同じように儲かるかもしれない」と考えて同じ銘柄に固執してしまうことがあります。
逆に、過去に損をした銘柄やセクターを「もう二度と手を出さない」と避け続けることもあります。
しかし、市場環境や企業の状況は常に変化しているため、過去の経験に依存しすぎると、適切な投資判断を妨げてしまいます。
(5)認知的不協和 ― 「自分を正当化したい」心理
人は自分の行動と現実との間に矛盾があると、不快感を覚えます。
その不快感を解消しようと、自分の行動を正当化する傾向を「認知的不協和」と呼びます。
投資では、損失を出したときにこの心理が強く働きます。
たとえば、「この株は長期的に見れば必ず上がる」と思い込むことで、含み損を正当化してしまうケースです。あるいは、「市場全体が悪いから損をしただけで、自分の判断は間違っていない」と自分を慰めることもあります。
2 心理的バイアスを乗り越えるための実践ポイント
これらの心理的なバイアスから逃げることが難しいですが、「心のクセ」を理解して対応することは可能です。その実践ポイントをいくつかご紹介します。
(1)将来を見据え、計画的に投資を続ける
投資において最も強力な味方となるのは「時間」です。
長期で資産を育てるためには、目先の利益や損失に振り回されず、未来の自分を思い描いて投資を継続することが大切です。
人間の心理は「今」に強く引っ張られる傾向があります。
投資では「今すぐ利益を確定させたい」、「将来のお金よりも今のお金を優先したい」という形で表れます。
これを乗り越える方法のひとつが、投資を「未来の自分へのプレゼント」と捉えることです。
たとえば、積立投資を毎月の支出の一部として自動化してしまうと、心理的な負担を軽減できます。
また、「10年後にどのくらいの資産を築きたいか」を具体的に数値やグラフで可視化しておくと、長期投資を続けるモチベーションにもなります。
投資を「未来の生活を支える仕組み」として位置づけることで、短期的な感情に流されず、安定した行動を取りやすくなるのです。
(2)ルールを定め、冷静な判断を支える仕組みを持つ
投資では「変化を避けたい」という心理が強く働きます。
リスクが高まっても「このままでいいや」と放置してしまう行動につながります。
こうした心理を克服するためには、「あらかじめルールを決めておく」ことが効果的です。
たとえば、リバランスの時期を年に一度と設定してしまえば、迷わず行動に移せます。
損切りラインも購入時点で明確に決めておくと、感情に流されず冷静に対処できるでしょう。
(3)自分の考えと合わない情報にも目を向ける
人は自分の考えに合う情報ばかりを信じやすく、新しい事実や不都合な情報を軽視してしまう傾向があり、投資判断を誤らせる要因の一つです。
大切なのは「情報の重み付け」を意識し、特に自分の考えと矛盾する情報こそ丁寧に検討する姿勢を持つことです。
加えて、第三者の視点を取り入れることも有効です。
自分一人で判断しているとどうしても偏りが生じますが、投資仲間や専門家の意見を参考にすれば、自分の思考の偏りに気づきやすくなります。
ルールと仕組みを持つことで、感情に左右されない投資行動が可能になります。
(4)過去や失敗から学び、常に軌道修正を行う
投資家にとって「経験」は貴重な財産です。
しかし、過去の成功や失敗に過度に縛られると、現在の冷静な判断を妨げることがあります。
たとえば、過去に大きな利益を得た銘柄に固執してしまったり、逆に損をした銘柄を「二度と買わない」と決めつけてしまったりすることがあります。
しかし、市場や企業の状況は常に変化しています。
過去は参考にはなりますが、あくまで材料の一つにすぎません。投資判断では「今の市場環境で合理性があるか」を問い直す姿勢が欠かせません。
また、投資で損失を出したとき、人は自分の判断を正当化しようとする心理に陥ります。
「市場が悪かっただけ」「自分の判断は正しかった」と言い訳をしてしまうと、同じ失敗を繰り返すことにつながります。
重要なのは、「失敗を正直に振り返る」習慣を持つことです。
損失を出した原因を客観的に分析し、「次にどう改善できるか」を考えることこそ、投資家として成長するための大切なステップです。
失敗は避けられませんが、学びに変えれば長期的な成果に結びつきます。
3 まとめ
現在バイアス、現状維持バイアス、保守性バイアス、過去依存効果、認知的不協和――これらの心理的な傾向は、冷静な判断を曇らせ、大きなリスクを招く要因となります。
もちろん人間である以上、こうしたクセを完全に消し去ることはできません。
しかし、「自分も影響を受けやすい」と意識し、あらかじめルールを決めたり、長期的な視点を持ったりすることで、その影響を和らげることは可能です。
投資とは、数字やデータを扱うだけでなく、自分の感情や思考と向き合う行為でもあります。
短期的な値動きや派手な成功談に振り回されず、冷静で一貫した判断を積み重ねる姿勢こそが、資産を長期的に守り育てるための近道となるでしょう。
